Artist statement
1985年の春、生まれ育った能登を出て進学のため東京に向かうその朝、見送りに来た母は駅のホームで目に涙を溜めていた。それまで田舎で暮らしていた人間が都会に暮らし始めるということは、都会の人間が海外留学をするくらいの冒険の度合いがある。まさに人生の船出だった。その後2002年にベルギーに留学することが決まった時にはうれしい反面、不安もあってわたしが涙目になった。田舎で生まれ育った人間が海外に暮らし始めるということは、月にも行くような冒険に感じられた。実際、訪れてみればベルギーの地は能登と似ていて、月面着陸とは違った。一年後、帰国するときは友と別れるのが辛くてまた泣いた。
ずいぶん色んなことを経験してきてたくましくなったつもりが、都会で暮らしていると知らず知らずのうちに弱体化していくのに気づく。人間本来の野性味を徐々に失って自分が当たり障りのない仕上がりになっていくのが分かる。わたしは絵を描きながら画面の中で思い切り暴れてみたり静かに心を落ち着かせたりして、あの時駅のホームにいた自分を取り戻そうとしている。

平体文枝　Fumie Hiratai


Gallery statement
絵画の魅力の一つは、二次元という平面の中に時間という奥行きを内包するところにあります。物理的に描くという経過もしかり、加えて作家の記憶、経験、想い願いといった一見できないものを籠める縦糸と横糸の綾が絵画であると言えます。平体文枝の絵画は目を閉じて瞼裏に浮かぶ光彩のように、一見穏やかな色彩のにじみと形象の中に静かな絶唱があり、軽やかに感じる画面に目を凝らせば、堅牢に塗り重ねられた油絵具の被膜が層を成し重厚さをもって視る者の視線を静かに押し返します。それは拒絶ではなく深い肯定が絵画の底流を流れていることの表れなのだと感じます。能登の海は輝く夏の陽の下でも、曇天に荒れる冬でも海底には深く濃い藍色を帯びています。変わらない意志を根底に秘めた作品群が再び展覧頂ける個展となります。本年制作の最新作を含め約15点を展示いたします。ぜひご高覧頂ければ幸いです

galleria PONTE 本山陽子


平体文枝 Hiratai, Fumie
1966　　 石川県能登町生まれ
1989 　　筑波大学芸術専門学群美術専攻卒業
2002 　　文化庁派遣芸術家在外研修員
ベルギー王立芸術アカデミー・ゲントに留学（ −2003 ）

■ 主な展覧会
1994 ｢現代美術の展望　ＶＯＣＡ展'94－新しい平面の作家たち｣　上野の森美術館　（東京）
｢絵画の構造－思考する色彩｣　文房堂ギャラリー　（東京）
2004 個展 Galerij G.De Keulenaer （ゲント／ベルギー）
2006 個展「View from the sky」 Den Bouw （カルケン／ベルギー）
2007 個展「川の見える部屋から」 森岡書店 （東京）
　　｢DOMANI－明日展 文化庁芸術家在外派遣の成果｣ 損保ジャパン東郷青児美術館　（東京）
2008 個展 アートフロントギャラリー グラフィックス （東京）
2009 個展「終わりと始まり」 a piece of space APS & Gallery Camellia （東京）
｢第28回損保ジャパン美術財団選抜奨励展｣ 損保ジャパン東郷青児美術館 （東京）
2010 ｢浅見貴子＋平体文枝｣ GALLERY TERASHITA （東京）
2014　 　個展「三十八景」　東京国際フォーラム　エキジビション・スペース　（東京）
2015 「クインテットII - 五つ星の作家たち」 損保ジャパン日本興亜美術館 （東京）
ガレリアポンテ （金沢）以降、’17
2016 「紙の上の思考 ー Thoughts through Drawings」 Gallery惺SATORU（東京）
　　　　「循環—風と水と大地」 Gallery惺SATORU（東京）
2017 個展「わたしひとりしかいない ー 能登 ベルギー 東京 ー 」アートハウスおやベ（小矢部）
「子午環 ー ヒカリアレト展」 旧石井県令邸（盛岡）
2019 個展「あしたのあたし」 Gallery Camellia （東京）

■ パブリック・コレクション
リッツカールトン京都 パレスホテル東京
セント レジス ホテル 大阪 リッチモンドホテル福岡天神
ル・メリディアンホテル瀋陽（中国） 済生会中和病院
加賀山代温泉　あらや滔々庵 大隅鹿屋病院 　 他

　　
■ その他活動
小池真理子 『ふたりの季節』（幻冬舎）装画、2016年　
森絵都 『漁師の愛人』(文藝春秋)　装画、2013年